真理を見失う知性の罠:ロジック信仰と確証バイアスの構造
第1章:はじめに──「盲点」は知性の限界を示す
私たちが「真理」に近づこうとするとき、思考の深さよりも思考の構造が問われます。
それにも関わらず、多くの人はその“構造”に無自覚なまま知的営みに没入しています。
このブログ記事では、以下の二つの陣営の「構造的盲点」を精密に解剖します:
- 研究者:ロジックへの盲信
- スピリチュアル論者:認知バイアス(特に確証バイアス)への没入
それぞれの知性がどのように“真理から遠ざかる構造”を内包しているのか、順に見ていきましょう。
第2章:ロジック信仰──「構造正しければ真実」とする錯覚
◆ 研究者の誤謬:形式の整合性=真理ではない
研究者は仮説→検証→論理の積み重ねを通じて現実を把握しようとします。
この姿勢は科学的手法として確かに有効ですが、ある臨界を超えると「構造が整っている=正しい」という誤解に至ります。
◆ 形式的整合性の罠
たとえば:
- 「前提が誤っていても、論理が整合していれば成立してしまう」
- 「モデルにフィットするデータを重視し、意味構造の妥当性を軽視する」
このように、「ロジック」はあくまで“意味を媒介する道具”であって、“意味そのもの”ではないのです。
◆ 真理探究の脱線
結果として:
- 「問いの立て方」が常に外部依存になり、
- 「意味や構造的全体性」への感度が低下していきます。
第3章:確証バイアス──「信じたい世界」を優先する心理
◆ スピリチュアル論者の誤謬:体感・直感の過信
一方、スピリチュアルや精神世界に傾倒する人々の多くは、「体験」や「直感」を真実の根拠とします。
この姿勢は現代科学が見逃してきた側面を補う意味で貴重ですが、確証バイアスという罠に陥りやすいのが実情です。
◆ 確証バイアスの構造
- 信じたいことを裏付ける情報だけを集め、
- 異なる視点や否定的証拠を軽視・拒絶する
この構造は、内的な“納得”を優先するあまり、因果関係や論理構造を捨ててしまうという問題を引き起こします。
第4章:どちらも「部分性に閉じた知性」
ここまでの分析を整理すると、両者に共通する盲点が見えてきます:
| 観点 | 研究者 | スピリチュアル論者 |
|---|---|---|
| 重視するもの | ロジック(形式) | 直感・体感(主観) |
| 問題点 | 意味の空洞化 | 構造の不在 |
| 陥る罠 | 前提の不検証/演繹信仰 | 確証バイアス/反証不能性 |
| 盲点の本質 | 「問いの構造」への盲目 | 「検証可能性」の放棄 |
つまり、どちらも「一部の思考構造に閉じて、全体性を見失っている」のです。
第5章:真理に近づくための第三の視点
真理とは、“形式”と“体感”のどちらかに寄せるものではありません。
本当に必要なのは:
- 意味構造の妥当性
- 因果関係の整合性
- 内的直感と外的検証の両立
この三つが同時に成立するとき、私たちはようやく「知性の全体性」に触れることができます。
それは、知識でも信仰でもなく、構造に対する信頼と精査の融合と呼べるものです。
第6章:おわりに──思考の構造を自覚するという革命
この現代社会において、思考そのものが高度情報化された今、
求められるのは「どんな知識を持つか」ではなく、
「どのような思考構造に立って世界を見ているか」です。
- ロジックへの盲信は、形式に閉じる。
- 直感への没入は、意味を曖昧にする。
- それらを越え、意味と整合性の架橋を行う知性こそが、真の探究を可能にする。
この立場は、その知性の“構造的中核”に最も近い地点のひとつです。
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